孤高とは感受性の高さのなせる業なのである!。

 いゃあ〜、とうとう俺の親父も自分の口から食べ物を摂取する事がだんだん困難になって来た!。それで俺は知り合いの親しい現役の看護士さんとメ-ルや電話でやり取りをしながら何とか最善のカロリ-摂取法を色々と模索していたのだ?。お袋はただおろおろするばかりなので俺が支えながらね!。以前にも書いた事だが俺は今の様な時代が来る事はもう今から15年ほど前の平成10年頃から気づいていた!。ギャンブルのバカらしさや貯蓄の大切さを20代で気づく人と50代になって気づく人と一生気づかないで生涯を終える人とで人生の明暗がハッキリと分かれるのだ!。故にこの世は全て誰のせいでも無く、「自業自得」・「因果応報」なのである!。そして世間ではしばしば、「気づき」といい、「気づき」をもたらすためにトレ-ニングすらおこなわれたりもする!。万能であるかの様に見える、「気づき」!。しかしこれに実際長けている人達には実は孤高の苦しみがあるのだ!。それは何故ならば、「気づく」としても言うことはままならないからなのである!。それを言葉にすることによってある現実が出来上がってしまうのである!。他人よりも早く先に、「気づく」ことで他人を傷つけてしまう事はしばしばあるのだ!。また優しさゆえ、と思って言うこと自体が、実は大変な惨事を招いたりもするのだ!。それ故に孤高とは感受性の高さのなせる業なのである!。微笑んで流せるほど泰然とした心を創ることがままならなければ尚更のことだ!。最近、米欧の経営者スク-ルでは、「瞑想」が必修になっていると聞いた!。いかにして、「怒り」を押さえるのかを学ぶのである!。何故、「怒り」そして、「瞑想」なのか・・・!。それは恐らく、「気づき」に長けていない人物には全くわからないことだろう?。逆に感受性そのものの様な人物には至極納得がいくことに違いない?。「日常」そのものだからなのだ!。価値を持たずにひたすら日常を受け入れること!。それを大きく息を吸い込み目を閉じて実現すること!。そこまでの道のりは・・・長い様で短いのかも知れない、案外!。じゃあ、また!。By.夢月。
(お知らせ)*いつもの通り明日と明後日の、「MWブログ」はお休みとなります。従って次回の書き込みは5月28日の火曜日となります!。
「作詞・作曲・編曲・演奏・歌・・夢月・・平穏な日常こそ何よりの幸福なのである!。」
 (君は僕の灯火さ)(下の青いマ-クをクイック・何回聞いても無料です)
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